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管理されることに慣れてしまった日本人

 

管理されない事に誇りを持つ台湾人

コロナウィルスの侵入を許した国と許さなかった国の国民性の違いである

人間は本来

個の生き物であり

どんな時でも自分の目で物を見

自分の耳で情報を聞き

自分の手で感触を確かめ

自分の心で感じ取り

自分の脳で考え決断し

自分の足で行動に移す

そこに人間として生きる醍醐味があり

幸福の王道もそこにこそあるに違いない

隣国の台湾はそれができている

大国中国に管理される事の不自由さ恐ろしさ無念さを

いやというほど経験しているからだ

だからこそ台湾で選ばれた政治家の根底にもその精神がある

だからこそ目に見えないコロナウィルスという難敵にも対処できたのだ

ところが同じ島国でも日本は違う

最初に管理社会ありきなのだ

一部の一匹狼の自営業者以外

ほとんどは管理するか管理されるかの人種である

ここに物事を自分で決めて自分で責任を取るという概念はない

何か問題があっても責任逃れの保険をつくっておけばいい

そして力を持つ権力者ほど多くの人間を管理したがり

安楽な暮らしを安易に求める人間ほど力のある権力者に管理されたがる

だからこそそんな国民に選ばれた政治家も国民性を反映した政治家なのだ

事なかれ主義

そうして管理される側は少しでも高給を貰うために高学歴を身に着ける

なぜなら既成概念をより多く学んだ者ほど扱いやすいからである

だからこそ世の親たちは

問答無用で子供たちを学歴社会に放り込む

個の力をどこまでも尊重するのか?

管理社会に身をゆだねさえすればいいのか?

コロナウィルスという人類の未曽有の大ピンチが

人間としての方向性と国家としての方向性の良し悪しを

あぶりだしている


 


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