それは50歳のある秋の日
仕事を終えた金曜日の夜、月に二度のボーリング競技会での事だった
中高年の男女15~6人で4ゲームを投げ合って合計点を競うのだ
1ゲームを投げ終えた頃私たちは右端の5レーンで投げていたが
10レーンほど向こうの若者達が騒ぎ出したのだ
残ったピンを回収するバーが降りている時にわざとボールを投げる
異様な大きな音が鳴りそれを聞いてみんなで大笑いをする
大声で騒ぎながらそれを何度も繰り返す
5~6分で気が済むかと思いきやさにあらず
彼らの暴挙はさらにエスカレートする
今度はボールを真上に投げ始めたのだ
4~5メートル放り投げてドスンと落とす
もう私達も他のお客さんもボーリングを楽しむどころではない
ボーリング場の人間はどう対応するのかとフロントに目をやると
受付の若い二人の女性は固まったまま
そして支配人らしき男性は事務所のドアをバタンと閉めたまま
出てくる気配がない
そして中高年の競技仲間は
仕事で疲れているのに厄介な事にかかわりたくない
といった風情であった
私は不思議な感覚に襲われた
5人の若者やここにいるみんながかわいそうでたまらなくなったのだ
彼らにとっては大きなお世話かもしれないが
誰もきちんと注意する大人がいないなんて
彼らの今後を考えると
私は居ても立ってもいられなくなったのだ
まして普段から若者大好きを自認する私としては
2ヵ月後に迫った結婚さえもどうなってもいいとさえ思えた
私の足はゆっくりと彼らに向かって歩き出した
生まれて初めての感覚だった
勇気といえばそうなのだろうが
それをしっかりと支える熱いものを確信できていた
だからこそ初めての経験でドキドキしながらも
腹が据わって行動できた
近づいてみるとリーダー格の若者が缶チューハイを片手に
いすにふんぞり返ってみんなをあおっていた
私は彼の前にしゃがみこんでこう言った
「なあ、自分ら、もう充分あばれて気が済んだやろ
せっかくお金払ってボーリング場に来てるんやから
ボーリングを楽しみいや」
すると私を取り囲んだ若者の一人がこう言った
「そうやな、もうこれくらいにしとこか」
すると別の一人も
「そうやな、もうやめとこか」
しかし別の一人は
「このおっさん偉そうにゆうてるけどびびってんで」
そしてリーダー格の若者はというと
今日よほど面白くない事でもあったのだろう
騒ごうが騒ぐまいが人の指図は受けんという態度である
「おっさんに関係ないやろ、向こう行けや」
「関係ないことあるかい、みんな楽しみにボーリングしに来てるのに
落ち着いて出来るわけがないやないか
これ以上どうしても暴れたいんやったら
どっか河原でも行って暴れてこいや」
道理の通ったことを言われ
返す言葉がなくなった彼は暴力を振るいだす
「やるんかおっさん、おもてでろや」
と、立ち上がると私の胸を小突きだした
私は若い時に武術を15年修業しているがそれはどんな時でも
自分が正しいと思う事をどうどうと言動に移すためである
万一武術を使うにしても
必要最低限にできるだけ相手を怪我させずに
瞬圧する事が理想である
もう彼も示しがつかないんだなと判断した瞬間
8度目ぐらいに小突いてきた彼の左手首を捻り固めた
通常我々が技を掛け合う場合、技を決められた時は
「まいった」の合図をして技を解いてもらう
しかし当然ながら彼にとっては初めて経験する痛みだったに違いない
彼は力任せに捻り固められた左手首を引き抜いたのだ
周囲の者はあっけに取られながらもう一人別の若者が左手をかざして
リーダーと私の間に入ってきた
私は咄嗟にその左手も捻り固めた
するとまたしても力任せに引き抜いてしまった
二人は伸びきった左手首(の腱)を振っている
そしてリーダー格の彼がこう言ったのだ
「おっさん、どうしてくれるんじゃ、
明日から仕事行かれへんやないけ
逃げんなよ、今警察呼ぶからな」
そうこうするうちに競技仲間が駆けつけると
「おっさんらには関係ないんじゃ」
とあちこちで小競り合いが始まった
しかし、心配していたほど彼らは凶悪な事もなく
5人の警官が来るのも驚くほど早かった
それは彼らが日ごろから地元警察の世話になっていたからであった
事件がおきたのは夜9時頃でそれから警察に行って事情聴取
私と5人はもとより競技仲間は全員深夜2時過ぎまで帰れなかった
一人の刑事がこう話してくれた
「あいつらには日ごろから手やいてるんですわ
私らも制服さえ着てなかったら
払い腰の一つも掛けてやりたいと思うんやけど
それやったらあいつら逆手にとりよんの
わかってるさかい下手に手出しもできませんねん
大きな声では言えませんけどようやってくれはりました
せやけどあいつらもこのままやったら仕事でけへんゆうて
診断書取って被害届け出すゆうてききませんねん
まあ明日になって頭冷やしたら
そんな事もしよらんとも思うんですけど
万が一ほんまに持って来よった時は
出頭して頂かないといけませんねん」
「わかりました、僕もその時はとことん付き合います」
しかし、結局連絡は来なかった
それは彼らに私の気持ちが通じたからに違いない
純武心幸福道場はこうして始まった
・・・・・
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